武将一覧

現在登録されている武将の一覧です。

写真 名前 プロフィール マッピング数
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さいとうどうさん

斎藤道三

マッピング数:3
斎藤 道三(利政)(さいとう どうさん/としまさ)は、戦国時代の武将。美濃の戦国大名。道三流斎藤氏初代当主。 3 詳細を見る
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さたけよししげ

佐竹義重

マッピング数:2
佐竹 義重(さたけ よししげ)は、戦国時代から江戸時代初期にかけての武将。常陸国の戦国大名。佐竹氏第18代当主。北条氏と関東の覇権を巡って争い、佐竹氏の全盛期を築き上げた。領内の金山に最新の冶金技術を導入して豊富な資金力を実現した。関東一の鉄砲隊を備えたという。 2 詳細を見る
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さなだ のぶゆき

真田信之

マッピング数:0
真田 信之(さなだ のぶゆき)は、安土桃山時代から江戸時代前期の武将、大名。信濃上田藩の初代藩主、後に信濃松代藩の初代藩主。真田信繁(幸村)の兄。 0 詳細を見る
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さなだのぶしげ

真田信繁

マッピング数:8
真田 信繁(さなだ のぶしげ)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将。大坂の陣での活躍が名高い。「真田幸村(さなだ ゆきむら)」の名で広く知られている。実名においては「信繁」が正しい。 8 詳細を見る
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さなだまさゆき

真田昌幸

マッピング数:15
真田 昌幸(さなだ まさゆき)は、戦国時代から江戸時代前期にかけての武将・大名。 甲斐の武田信玄の家臣となり信濃先方衆となった地方領主真田氏の出自で、真田幸隆(幸綱)の三男。信玄・勝頼の2代に仕え、武田氏滅亡後に自立。織田信長の軍門に降り、滝川一益の与力となったが、本能寺の変後に再び自立し、近隣の後北条氏や徳川氏、上杉氏との折衝を経て、豊臣政権下において所領を安堵された。上田合戦で2度にわたって徳川軍を撃退したことで、徳川家康を大いに恐れさせた逸話で知られるが、関ヶ原の戦いで西軍についたために改易された。 軍記物や講談、小説などに登場したことで、後世には戦国時代きっての知将・謀将としての人物像として現在でもよく知られている。 15 詳細を見る
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しばたかついえ

柴田勝家

マッピング数:7
柴田 勝家(しばた かついえ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・大名である。織田信長の家臣。通称,修理亮。妻お市は信長の妹。越前北ノ庄(今の福井市)に拠って北陸を支配。本能寺の変後,豊臣秀吉と対立,賤ヶ岳の戦いに敗れ,北ノ庄で自害した。 7 詳細を見る
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しまさこん

島左近(清興)

マッピング数:3
島 清興(しま きよおき)は、戦国時代から安土桃山時代の武将。筒井氏、石田三成の家臣。通称は左近で、一般には島 左近(しま さこん)の名で広く知られる。実名は俗に勝猛(かつたけ)などともいうが、文書から確かなのは清興である。 三成に三顧の礼をもって迎えられ破格の高禄を食む側近として仕え、「治部少に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山の城」と謳われるほどの逸材だった『古今武家盛衰記』。 娘の珠は柳生利巌の継室となっており、剣豪として名高い柳生厳包は左近の外孫にあたる。 3 詳細を見る
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しまづよしひろ

島津義弘

マッピング数:5
島津 義弘(しまづ よしひろ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。九州南部の大名。 5 詳細を見る
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すえはるかた

陶晴賢

マッピング数:1
陶 晴賢 / 陶 隆房(すえ はるかた / すえ たかふさ)は、戦国時代の武将。大内氏の家臣。厳島の戦いで毛利元就に討たれる。 1 詳細を見る
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せんごくひでひさ

仙石秀久

マッピング数:1
仙石 秀久(せんごく ひでひさ)は、戦国時代から江戸時代前期にかけての武将・大名。信濃小諸藩の初代藩主。出石藩仙石家初代。 豊臣秀吉の最古参の家臣で、家臣団では最も早く大名に出世した。戸次川の戦いで大敗を喫した後、逃亡したため改易されるが、小田原征伐の活躍により許された。 1 詳細を見る